【未来と芸術展】数字で測れない倫理と美意識について

六本木で開催中の「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」に行ってきました。

感想としては「テクノロジーで人間の生活はより合理的で豊かになるはずなのに、得体の知れない違和感・恐怖・絶望感に覆われた」です。

人間の合理的思考では最終ジャッジが難しい世界へ

実際にあった展示を紹介。

あなたが自動運転の車に乗っていたとします。そして道の目の前には木が倒れてます。左に避ければ自分は助かりますが、左側には自転車に乗っている子供が近づいてきます。しかもその子供はトランプ大統領の親族です。

さあ、この状況から自動運転に搭載されているAIは全体の被害損額から最も合理的な選択肢を選びます。

車に乗ってる人(=自分)が犠牲になるべきか、子供を犠牲にすべきか。しかしその場合、国家レベルで問題が起こる可能性が高いです。

みなさんだったらどういう判断をしますか?

「未来と芸術展」では今の例のように、テクノロジーの急激な発展により人間の合理的思考では最終的なジャッジが難しい問題ばかり取り上げられてます。

AIで亡くなった美空ひばりを復活させて新曲を作るプロジェクトが紅白でも放送され話題になりましたが、「死者への冒涜だ」「フェイクニュースに悪用される」といった批判の声が上がりました。

一方で僕らのような美空ひばりを見てない世代には知るキッカケを与えてくれたり、往年のファンでも喜びの声を上げてる人がいます(美空ひばりの息子さんや天童よしみですら号泣してた)

もし仮に、自分が死んだ後AIで復活させられる(それもビジネスも絡んで)としたらどう感じますか…?

数字で測れる評価軸から、数字で測れない倫理や美意識が重要に?

ドローン、仮想通貨、ビッグデータ、シンギュラリティなど、法律が追いつかないレベルでテクノロジーは目まぐるしく発達しています。

追いついていないの法律だけでなく、私たちの倫理観や美意識もそうでしょう。

どこまでが人間としてOKでどこからがアウトか…。最終的な判断を下すのはAIではなく、人間です。

すでに「儲かる・儲からない」といった数字による評価軸ではなく、数字で計り知れない領域で人は戦っていかなければいけないそんな未来が来るでしょう。

美意識をもっと磨きたい。そもそも美意識を磨くとは何か?それは教養と呼ばれるものなのか?

色々なことを考えさせられた展示でした。

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