移住ではなく移動?旅するデザイナーのつまみ食い的な生き方

“旅しながら働けたら、どんなに楽しいだろう”

もしかしたらみなさんも、このような夢を持ったことがあるかもしれません。でも、旅をしながら仕事するって、全然イメージが湧かなかったり。

そんな働き方を実現した「旅するデザイナー」が、日本にいます。

「仕事道具として、旅に持っていくのは、こんな感じです。」

——たったこれだけですか!

ヨハク:仕事でメインで使うのは、MacBook Pro。デザインの仕事は基本的にこれですね。スケッチの仕事の場合は電車の中で進めたりもするので、iPad ProとApple Pencilも。

移動中に電話を取れるように、AirPods。オーディオブックを聴いたりもしてます。で、これが外付けハードディスク。ここに10年分のデータが入ってます。壊れたらと思うと、ゾッとします…(笑)

そう語るのは、デザイン会社、ヨハクデザインの代表である武田明子さん。多くの方からは「ヨハクさん」という愛称で親しまれています。

そして、「移動する生き方」を体現している、稀有な存在でもある彼女。

ヨハク:もともと、ドライブが好きだったんです。独立してから時間が出来たので、早朝に車で出かけるようになりました。移動する生き方の最初の一歩になったのは、江ノ島近くのモスバーガー。住んでるのが神奈川なので。江ノ島へは車で1時間で着くんですよね。

最初は海辺でジョギングしたり、リフレッシュのために旅をしてたんですけど、Mac bookを買ってから、「旅先でも仕事出来るじゃん!」って気づいて。

そして気が付けば、北は岩手、南は鹿児島など。全国各地を動き回る「旅するデザイナー」に。この2年間で関わった地域は20か所以上。たくさんの人との出会いを楽しみながら、仕事をしています。

“地元に帰りたい人が、デザインの仕事を出来るように、ニーズを作ってあげたい”

“自分自身がコワーキングスペースになって、出会いの場を作りたい”

ヨハクさんの頭の中には、ユニークな構想がたくさん。そんな、新しい働き方について、取材させてもらいました。

株式会社ヨハクデザイン 武田 明子 プロフィール

武田 明子

1983年兵庫県生まれ。

大阪芸術大学グラフィックデザインコース卒業。10年間で4社にデザイナーとして勤務した後、2015年6月に独立。同年12月に株式会社ヨハクデザインを設立し、企画・グラフィックデザインを手がける。

多拠点生活×仕事を実践中。メインオフィスを横浜に構え、その他、東北、九州、北陸など日本全国を移動しながら働く。(5月からはメインオフィス移転予定)

“磨耗せず、余白とともに生きる社会を作る”ことをミッションとして掲げている。

東京で受けた仕事を、旅先に持ち出す。そんな働き方

——普段は、どんな仕事をしているんですか?

ヨハク:基本的には、紙のデザインのお仕事ですね。今の仕事の8割以上は、広告代理店さんからの仕事のオファーで。だから東京で仕事を取ってるんですよ。それを旅先に持っていって仕事をしてます。

——仕事のほとんどは東京なんですね!旅しながら仕事をしているということで、てっきり地方で仕事を取ってるのかと。

ヨハク:意外ですよね(笑)旅しながら仕事っていうと、どうしても旅先で仕事を取るイメージが強いから。デザイナーの中では、結構珍しい例なのかもしれません。

中々難しいことも多いですからね。独立した頃は、クライアントさんによっては、対面での打ち合わせをしたいっていう人も多くて。そんな時に、旅をしてると、「いてくれなくちゃ困る!」って渋い顔をされてしまうこともありました。

旅や暮らしの様子を、ライフログで記録している

私の場合、こういう働き方を面白いと思ってくれる人を見つけられたから良かったですね。前職からご一緒してるクライアントさんの多くが、独立しても引き続き契約して、お仕事をくださってるんです。本当にありがたいことで。

やはり東京はたくさん仕事があるので、考え方の合う人が見つかれば、東京の仕事を旅先に持ち出すっていうのも結構良い選択なんじゃないかなと思ってます。

地方に帰りたい人が、地元で仕事を取れる。そんな仕組みを作っていきたい

——パソコンやWi-Fiがあればどこでも仕事が出来るわけですもんね!地方ではデザインの仕事は受けないんですか?

ヨハク:地域でのデザイン仕事は、基本的に営業してないんですよ。その土地の人の仕事は奪わないっていうスタンスでやっています。色んな地方に行き、話を聞いてみて気づいたことがあって。確かに私が解決出来ることがたくさんあったんです。

ただ、みんな頼み方が分からない。お店だったり、パッケージを変えたいっていうニーズはあるんだけど、デザイナーに依頼するっていう考え方がなくて。

例えば、地域のおじいちゃんおばあちゃんが道の駅で出してるような商品。あのデザインって、自分たちで、ワード・エクセルを頑張って使って作ってたりしますよね。ちょっと嫌な言い方になっちゃうけど、正直「ダサい」って思われちゃう。来た人がこれを持って帰ろうとは中々ならない。

そこに新しい考え方を作っていって、仕事を発生させることができるなと思ったんです。私が地方で色んな人とお話ししたりする中で、「こういうことも出来るんだ」っていう可能性に気づく人とかがいるんですよね。

それを私が奪うんじゃなくて、そこに帰りたい人ってたくさんいるから、ニーズを作っておいてあげるっていうことをやりたくて。私は東京の仕事で手一杯だから(笑)

地元の人の想いを汲んだ人がデザインしてくれるなら、それがベスト

ヨハク:デザイナーとやり取りをするには「こういう風に依頼したらいいものが上がってくるんだよ」とか「デザイナーってこういうことが出来るんだよ」っていうのを、知識として提供していく。

そういう道を作ることを色んなところでやっていきたい。まだまだ東京一極集中だと思われてるので。

地元に帰りたいってデザイナーの子たちが、地元で仕事が出来る流れがスムーズに仕組み化されていれば、良い循環が生まれるんじゃないかなって。やっぱりその地域のことを深く知っている人がデザインするのがベストじゃないですか。

——間違いないですね!以前、地方のお店とかのデザインがダサいのもあれだけど、東京色に染められすぎるのもどうか。みたいな議論を見かけました。

ヨハク:うんうん。そういうのって、別のところのいいデザインをちょっと変えただけだったりするんですよね。例えばお米農家にしても、小さい時からお米を作るのを見てて、そういう思いを汲んだ人がやるのがベストじゃないですか。

今、2拠点だったり、複数の拠点を持って働く人が増えていますよね。地元の仕事をもっと拾えるようになると、働きやすくなったり、広がりがあるんだろうなと思うんです。

私自身も軸足を少し変えようと思って、5月に神奈川から岩手へと引っ越してみることにしました。

移動する家。その名も「モバイルハウス」

——引っ越しするんですね!岩手が活動範囲のメインになるんですか?

ヨハク:引っ越すと言っても、移動する生き方は基本的に変わらないと思います。今も神奈川の家へは1ヶ月の3分の1ぐらいしか帰ってないので(笑)

以前から岩手へはよく行っていたんですけど、快適な気候だったので、一回あっちに住んでみるのもありかなと。それに、軸足が変わればいける範囲も変わってくるので。北海道とか行きたいですね。

あと、家が安い。向こうで一軒家を借りるのって、場所によるんですが、3万円代からあるんですよ。1回一軒家に住んでみたかったっていうのもあって。

——安い!なるほど。これからの季節は涼しくて快適そうですね。

ヨハク:そうですね!暑さを我慢しない生活を一度してみようと思って(笑)あと、1つ新しい試みとして、動く家を作ります!モバイルハウスっていうんですけど。

——あ、モバイルハウス!知ってます!

モバイルハウスとは、車と住居が融合した、新しい家の形。 Photo by SAMPO Inc.

ヨハク:法律とは面白いもので、地面に固定されておらず、すぐに移動することができれば、居住スペースが取り付けられていても、家ではなく「車」とみなされるんです。

自分自身がコワーキングスペースに…!仕事場でもあり、出会いの場所としてのモバイルハウス

——どうして、モバイルハウスを作ろうと?

ヨハク:私の場合は、動くコワーキングスペースを作りたかったんです。今、全国的にコワーキングスペースがどんどん出来てます。東京でもたくさんのニーズがありますよね。

こうした流れから、最近は地域でも作りたいっていう人が今増えてるんです。でも、ハコモノって作ったあと大変じゃないですか。維持したり、集客したり。でも、作れば解決するって思っちゃってる自治体もいるんですよ。都会でニーズがあるからウチも!みたいな…

そういう場所の運用って、もちろん地域の人の協力も必要になってくるし、ニーズが無いとそもそも活用できない。でも、人に会いたい!みたいなニーズって、ちょっとだけど確かにあるんですよ。

だから、1日ここで電源貸しますよ~!みたいな車を作ろうと思っていて。私が仕事してるから、話したい人おいで~って感じでゆるく。人に会える場所を提供できたら良いなと。仮に誰も来なかったとしても、私は仕事捗るからそれはそれで良くて(笑)

——面白い!自分自身がコワーキングスペースになっちゃうって感じですね!

ヨハク:最初はやっぱり、ノマドワークできる場所を探してたんですけど、まだまだ少ないんですよね。電源・Wi-Fiがあるカフェとかって。そこで、モバイルハウス。ソーラーでバッテリーを取っちゃって、そこから自分のパソコンを充電出来るようにして…みたいなことが今出来るんですよね。

暑いときは、東北とか涼しい場所行って、寒いときは鹿児島とか暖かいところ行って。みたいな!

移住ではなく「移動」。住まなくても生活を味わい、地方との関係が作れる

——夢が広がりますね…!地方との関わり方って移住一択のイメージでしたけど、移動しながら関わっていく生き方というのもこれからもっと増えていくのかもしれませんね!

ヨハク:やっぱり移住をイメージしますよね。昔、会社員の時なんですけど、5つ家が欲しかったんですよ(笑)

行ったことのない場所に住んでみるっていう経験がしたくて。その時は移住に近い考え方でしたね。軽井沢、松山、鹿児島、北海道、あと関東に一個みたいな。ただ、それを実現するには時間がかかりすぎますよね…。それに、気が変わったら困るという自分の性格上の問題もあったし。

最近思うんですけど、「住む」って何だろうって。寝る場所なのか、いる時間が長い場所なのか。住民票があるからっていうのも違う気もするし…「住むこと」の概念がわからなくなってきたんですよね。というのも、住まなくても擬似的に生活をすることって出来るんだなって、気づいたからなんです。

今の暮らしって、「移動する生き方」といっても、動き続けるとはちょっと違って。1週間ぐらいは旅先にいるんですよね。

私、そんな時に地元のスーパーとかにいって、地元の人のフリをして買い物するのが大好きなんですよ(笑)初めて見るお惣菜と出会ったり。そういう生活の体験って、移住をしなくても出来るんだって発見がありました。

それに、移動するだけでも、地方の人との関係値って作れるんですよ。今は岩手にたくさん友達ができたんですけど。他の地方にもたくさん友達がいて、おかえりって言ってくれる場所がすごく増えた。そういう関係性って、家を構えなくても出来るんですよね。

移動の魅力の1つって、色んなところのつまみ食いができること。私は多分、長年かかるようなことを、色々大慌てでやりたかったんだと思います(笑)

旅先を第2・第3のホームにしていくような地域との関わり方を広げていく

——ヨハクさんみたいな生き方、これからどんどん増えていくと楽しくなりそうですね。

ヨハク:旅を我慢して仕事するんじゃなくて、もっと健康的に仕事をする人が増えたら良いなとは思いますね。

そういう人達も増えていて、実際コミュニティ単位での動きもあります。私がアンバサダーとして関わらせてもらった「旅、ときどき仕事」もその1つで。

旅、ときどき仕事は、世の中に旅をしながら働く人を増やそうというプロジェクト。旅先を第2、第3のホームとしていくような、地域との関わり方を確立することを目指しています。

ヨハク:移住ではない、新しい地域との関わり方が今生まれてきています。こうした考え方もあるんだということを、知ってもらえたら嬉しいですね。

人によって目指す生き方は様々だと思いますが、「旅、ときどき仕事」という言葉に少しでもピンときたら、きっと目指す先は近いんじゃないでしょうか。

いきなり旅人にシフトするっていうのも、中々リスキーで、資金も大変。なので、ちょっとだけ踏み出してみようとか、旅と仕事の両立ってどんな感じなのか知りたい人は、ぜひイベントなどに足を運んでみてほしいなと思いますね。

——ヨハクさんも登壇する、旅、ときどき仕事のイベントが4月4日に開催されます。旅しながら働くことに少しでも興味を持った方は、ぜひイベントページを覗いてみて下さい。

「旅、ときどき仕事」のイベントページはこちらから

おわりに

「旅しながら働く」

一言でそう表現しても、実際の働き方って様々。

世界中を飛び回る人もいれば、日本を動き回る人もいる。旅先で仕事を受注する人もいれば、旅先に仕事を持ち出す人もいる。

働き方や生き方というのは本当に自由なんだなぁと、改めて思い知らされるような取材でした。

東京に人口が集中している状況から、移住を促進しようという動きも地方では活発です。でも、ヨハクさんが示してくれたのは、移住とはまた違う「移動」という新しい関わり方。

そんな、流動的な関わり方がもっと広がっていけば、地方はもっと活発になるのではないか。「旅をしながら仕事する」が当たり前になる未来は、案外近いかもしれません。

ヨハクさんのTwitter

Text by やまりょう

Photo by takumi_YANO

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