漫画評「かくかくしかじか」自由に表現することは本当に良いことなのか?と疑い続ける

村上隆さんが「アーティストは全員読め!」みたいなことどこかで言ってて気になってたんですけど、東村アキコさんの自伝エッセイ漫画「かくかくしかじか」をようやく読みしました。

全5巻とコンパクトですが、素晴らしすぎて、泣いて、読み終わったあとすぐ1巻から読み直してまた号泣してました。

今や超売れっ子漫画家の東村さんが今まで語ってこなかった「絵画教室の先生」との話。描くことに対して実直で、とても厳しい方なんですが、その姿勢や言葉に胸打たれます。どうしても若いときって目上の人が言ってること理解できないこと多いんですが、歳を経てじわじわ来るものありますよね。

漫画「ドラゴン桜」でも、偏差値40の高校で「バカとブスほど東大に行け!」と弁護士桜木は、あらゆる手段を使って、生徒の東大合格に固執します。

 

多様性が重んじられ「学歴なんて意味ない」「芸術は人から学ぶものじゃない」と言われる昨今において、あえて生徒の個性を殺し、美大・東大合格に執着する姿勢は、若い頃は到底理解できなくとも、10年後20年後、その意味を実感してくるはずです。自由が結局その人を殺すみたいなケースって多々あるし、自分もそういう経験あります。

いま大ヒット公開中の「花束みたいな恋をした」では、サブカル好きの男女が、好きなことで生活できず就職し、社会に揉まれることで「普通」になっていく様子が描かれています。出展元忘れたのですがこの映画の批評記事で、南こうせつの「神田川」の歌詞が引用されていて

若かったあの頃 何も恐くなかった
ただ貴方のやさしさが 恐かった

と紹介されてました。

不自由や人から怒られることを避けて、好きなことを自由にのびのびやることが、10年後、20年後の自分を苦しめるのだと思います。

自分もフリーランスとして丸5年活動してますが、怒ってくれる人、厳しく指導してくれる人の存在がどれだけありがたいことか常に感じます。

だからこそ東村先生は、若いときは理解できなかったことが大人になって、15年以上前の先生とのやり取りを漫画にして振り返ることができたのではないかと考えてます。

さくっと読めるのでご一読どうぞ。表現者だけでなく、誰にも刺さるものがあると思います。

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