「書きたくない」から書いてみる

なんでもかんでも言語化することに違和感を抱き、「まとまった文章を書く」ということから少し離れていた自分。

でも、やっぱり書くことは内省的な意味でも重要なので習慣化したい。

ちょうど、Facebookで成毛眞さんがこんな投稿をしていました。

で、どうしたら人が読みたがる文章を書けるのかという議論になった。じつのところ中身ではない、というのがボクの答えだ。ボクは文章を最初から起承転結などを考えて書いてはいない。なにを言いたいのかも書く前に考えていないこともある。どんどん書いて、どんどん修正して、どんどん追加して、最後に体裁を整えてアップして、そのあと10回校正する。それだけだ。要するに作家ではなく文章職人なのだ。

そのために必要なのは文章職人としての才能かもしれない。音楽とスポーツは先天的な資質が大きいことは知られているが、じつは文章も同程度に先天性があるらしいことがわかってきた。でもね、文章を1週間書かないとクソヘタになることを自覚する。音楽家もスポーツマンも練習は必要なのだから仕方がない。はぁ。

ブログも、後から何度でも編集できるのでとにかくまずは書き出すことが大事だと。

そして、たまたま友人の家に置いてあった「ぼくたちは習慣でできている」という本に出てきたこの言葉にも勇気をもらいました。

女優の小林涼子さんは、語学の勉強のために外国語で日記を書くことを5年以上も続け、習慣にしている。もちろん「今日は日記なんて書きたくない」という日もあるそうだ。そんな時は「今日は書きたくない」とまず書くという。

すると次の言葉が出てくる。「だって昨日は仕事がとっても大変だったし…」と書きたくない理由で日記が続けられる。
ということで、僕も重い腰をあげてこのページを開いた。正直に言うと、書きたくないし、書きたいことなど特別ない。でも書かないと自分を嫌いになりそうだから書く。

とりあえず書いてみた日記

書きたくないけど無理やり日記を書きます。

今日は友人と三浦半島まで釣りをしに行った。ちゃんとやるのは、たぶん初めて。

釣りの良さは「自然を感じ友達と喋りながら魚がかかるのを待つこと」だと思ってました。つまり「釣ること」より、「チル」がメインみたいな。

でも現実は全く違いました。とにかく釣りは集中力が必要。

「友達と喋りながら」なんてする暇もないくらい、竿の微妙な振動やボールや波の動きを読み取る必要がありました。

小ぶりのアジがけっこう釣れたものの、想像より感動みたいなものも少なかった…もっと大きいの釣ったら興奮するのかな。なにより、寒すぎて後半帰りたかった。ヒートテック絶対いる。

正直いま忘れたいほどの悩みとかないから、釣りでかき消す必要もないという。

逆にストレスに塗れてると、釣りっていいのなかなぁ。

そんな感じで、釣りが思ってたものと違うことを知れただけでも収穫でした。でも、帰りの車で感じた疲れは「満たされた疲れ」でした。あのタイプの疲れは毎日感じて爆睡したい。

「書きたくない」からはじめてもいい

うん。正直に「書きたくない」から書き始めても、色々文章出てきました。楽しかった。

こんな感じでちょくちょくブログ更新できればなと思っとります。

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