差別的な自分と向き合ってみる

刺激的なタイトルで申し訳ない。

自分の中に本当に「公平」とか「平等」とか「世界平和」なんて考えがあるのかなぁと思ったり思わなかったり。

だって、人間の感情に「愛」や「嫉妬」がある時点で、公平で平和な世界って矛盾するのではないか。

人は本能的に、何にでも序列をつけ、争う生き物ではないか。

そんなことを考えてました。

ストレングスファインダー」という34個の自分の資質を順番に教えてくれるアメリカで開発された有名なテストがあるんですが、「公平性」が見事にドベなんですね。


好きな人とは何度でも会うし、好きな人となるべく一緒にお仕事したい。そりゃ、可愛い子とそうじゃない子がいたら、可愛い子といる方がテンションは高いし優しいと思う。

逆に嫌だな〜合わないな〜と思う人は意識的に避けてしまう。

この前、ある人に「話しましょ」と誘われた時、きっぱり「嫌です」と答えてしまった…。苦笑

だって(大前提面白さを引き出せなかった自分に非があるとして)その人面白いと思えなかったし、自分のために愛想笑いとかしたくないし、何より時間を無駄にしたくない。

ネット芸人やってると「るってぃさんこの企画どうですか〜」「私めのブログ読んでくださいよ〜面白いでしょ〜ウッヒヒヒ」というDMきますが、そのほとんどが、本当に面白くないんですね。

なんなんだこの現象はと。

そっとミュートするんですが、ある意味、ブロックよりタチ悪い。

※知らない人へのリプやDMは、ひとつとっても慎重になった方がいいです。このリスクをほとんどの人が理解してません。みんなが「公平性」持ってるとは限りません。

「何を言うかより、誰が言うかという言葉があります。

そこらへんの人が何かを訴えても誰も耳を傾けないのに、同じことをホリエモンが言えば一斉に人が動く。人ってそんなもんです。だからまず「結果が全て」になってしまうんですね。

逆を言えば、「何者か」にならないと、ちっぽけな声は届かないことになってしまうなんて、残酷やしませんか自分、そして世の中よ…!

インターネットが登場して「誰しもに均等にチャンスが回って来た」なんて言われてますが、逆にインターネットが個人の実力を可視化しました。

なんでもかんでも数値化されます。本当に残酷です。

 

結論、何が言いたいかというと

こんな世の中、本当にくだらないと思うし、嫌なことや問題点たくさんあるけれど

競争からは逃れられないし、絶対にそこから目を向けてはいけないなと。

(自分の場合)綺麗事を言うのは一旦辞めておましょう。まず、とにかく動いて結果!結果にこだわる。

・公平性を持たない人はたくさんいる
・びっくりするくらい世の中実力主義で不平等

これらの事実から逃げず、今日も今日とて淡々と高めていきたいと思います。