エネルギー保存の法則から見る「お好きにどうぞ」の本質

人類の歴史は「金の歴史」と言われるくらい古代から人類は”錬金術”を使って卑金属から貴金属を錬成しようとしました。つまり、法則を超えて、+1を作ろうとしましたが、総量が101になることはありませんでした。

九州を1週間旅してたるってぃです。

いや〜すごい出会いがありましたよ…熊本にある「サイハテ」というエコヴィレッジに行ってきたのですが、村長の工藤シンクさんが面白すぎた。

サウナのために熊本来たら、サイハテ村の村民になった話

上に書いたブログでもかるーく紹介してるのですが、このシンクさん只者じゃなくて、お父様が原子力研究の第一人者。つまり科学者。シンクさん本人は具体と抽象(科学とスピリチュアル)のバランス感覚が非常に素晴らしく、とても尊敬できる考えをお持ちでした。

個人的にヒッピーとかパーマネントカルチャー、動物愛護、ヴィーガンとか色々ありますが、”傾倒しすぎた人”は攻撃的で怖いイメージがあるんですが、全くそんなことありませんでした。幅広い経験と教養による「バランス感覚」ってのは重要です。

エネルギー保存の法則は絶対的

で、ですね。シンクさんから聞いた面白い話が「いろんな科学者に会ったけど、”これだけは絶対だ!”とするのがエネルギー保存の法則」だそうです。中学のころ習いましたよね。エネルギーの総量は一定不変であるってやつ。

例えばこの世界の総量は100から増えることも減ることもなく、1減って一瞬99になっても、その1減った現象から別のどこかで1増える現象が起こり、結果として総量の100は変わらない。

つまり「何かを得るためには何かを失わなければいけない」「何かを失ったとき別の何かを得る」という等価交換(対価と代償)が絶対だと。

全ての物事は繋がっている。だから人に優しくできる。

難しいこと色々書いてますが、つまり、全ての物事は繋がっているということです。偶然なんかなく、全ては必然。あなたが今何かした行動は、他の誰かや何かに影響を与えているということ。そんな当たり前のことを普段生活してると忘れがちです。

そう考えると、人に優しくすることができませんか?(急展開)

相手を傷つけるようなことや自分の利益しか考えないことをすれば、必ず何かしらの形で不利益が自分に返ってきます。トイレットペーパーを買い占めれば経済社会に歪みが生じて、長期的に見ると自分の生活に悪影響を及ぼす。エネルギーの総量は一定不変なので、みんなで上手くシェア・循環させなければいけないという結論です。

これが、工藤シンクさんが掲げたサイハテの理念である「お好きにどうぞ」という言葉に繋がってきます。すごくシンプルでテキトーな言葉に思えますが、僕はめちゃくちゃ深く、重い言葉だと感じてます。悪い意味でお好きなことしても、村内で不利益を被るのは自分。逆に自分も他の村民もハッピーになるようなことをすれば、みんな幸せになる。(でも別のどこかでその歪みは生じる。それもカバーしていけばいいじゃん)

あらゆる偉人が「教養とは”想像力”である」と記してますが、視野を世界規模くらい広げて、そして短期的ではなく長期的に物事を考え、周りの人の気持ちを想像できる人が増えたらいいな。自分もそうなれるように頑張ろう。と思った次第です!

教養とは他者への想像力を広げること

教養とは「ひとりで時間を潰せる技術のことである」の意味が分かった話