充実した日々の中で、感じた恐怖

ここ最近日常の変化が激しい上に、全く思考の整理が追いつかず、ただただ突っ走り続けてます。

以前、「時間も平等ではないと思う 時間の引き伸ばし方を知る」という記事を書きました。要約すると

  • 好きなことを毎日やりまくれば、1日1日が濃くなる
  • だから1週間前のことが1ヶ月前に、1ヶ月前のことが1年前のように感じる
  • その感覚に入ってる人は無意識に時間を引伸ばせてる

要は「浦島太郎状態に入る」という話です。世界中飛びまくってる自分も間違いなくこれで、先週ラスベガスに行ってたのが1ヶ月前に感じるし、沖縄で講演していたことも遠い昔のように感じます。

だから、怖い

こんな感じで動きまくって、毎日脳を揺さぶられるような日々を送ってるから、たまに自分が怖くなる。そう、1ヶ月前のことですら記憶になかったりします。

3日前に大学のサークルの同窓会があったんですが、かつての友人たちと思い出話で、みんなが言ってることのほとんどを忘れてました。「…あ〜〜、あったあった!そんなことあった!!」というケースがどちゃくそ多かった。

他にも「前会った時、お前こんなこと言ってたよな」と友人から言われても、「え…そんなこと言ってたっけ?」というような件が多すぎた。大学卒業から3年しか経ってないのに、もう名前を思い出せない後輩もチラホラいました(申し訳なさすぎる)

単純に「お前の脳がボケただけだろ」というツッコミが飛んできそうだが、たぶん高速移動による時間軸の変化で、最近のことが遠い昔の記憶に変わることによるものだとと信じたい…です。これは僕の周りの、バリバリ活動しまくってる友人たちも口を揃えて言ってます。


 
幼少期から活躍していたとあるバンドが、インタビューで過去の話を聞かれた時「正直、ほとんど当時のことを覚えてないんです」と語っていました。

僕からしたら華々しい活動を送っていたそのバンドだが、メンバーはその活動の記憶がないって、どうゆこうとだよ!とそのインタビューを見た時思いましたが今なら少し分かります。いや、僕まだ全然忙しくないんだけど。

「じゃあこれから先どうなるの?」と、ふと怖くなった。

時間が止まって欲しいと思うことがある

人間の脳は、記憶の97%のことを忘れるようにできているらしい。

それは人間が生きていくために必要なことであるからで、あらゆる情報を全て記憶できてしまうと、子孫繁栄において色々と不都合が多いそうな。

だから、時間が経てば経つほど記憶は失われていきます。そんな当たり前のことだけど、最近はそれに恐怖すら感じます。どんなに楽しかった思い出も、時間の経過と共に徐々に失われていくからです。

たまに「時間よ止まってくれ」と思うほど、楽しいことがある。この平成最後の夏は自分にとっても最高で、エモいものになると思う。記憶を失いたくないけどそれは止められません。

 人は「死ぬ直前に何を想うか」のために生きている、と僕は考えます。

活動のひとつひとつが自分の記憶に残ってないことはまずいんだけど、だからこそ、もっとアウトプットして、ネット上にログを残さなければいけない。ブログを書く手を止めちゃいけないんだと。

そして、他人の記憶に残るように動き続けていこうと思います。

自分が死んだ時に、ぜひ祭壇に写真を飾られたいし、誰かの中で自分が少しでも生き続けるためにこうやって言葉を発信します。
 
まとまりつかないけど、僕の最近感じたちょっとした恐怖についての所感です。

実家に帰って来て姪に久しぶり〜〜〜!って感じで会ったけど、実は会ったのたった2ヶ月前なので見た目全然変わってませんでした。僕的には1年半ぶりの再会だったのに。