SNS世代は自分の気持ちを言語化して伝えることができないのか

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先日「鬼滅の刃が面白い・面白くない超えて生理的に無理だった」という話を書きました。

すると、匿名ダイアリーでこういう記事を見つました。

要するに、鬼滅という作品を読む・観るなりして、泣く、キャラを好きになる、続きが気になる、技がカッコイイと思う。
これらの感情を、コンテンツを楽しんだ本人ではなく、最早他人が決めているということだ。
作品の評価を自分で決める能力が、「俺=新世代=SNS世代」にはもうないのだ。

出典:鬼滅の刃は何故面白いのか=作品の感想を自分で考える時代は終わった→そして起きること

流行りすぎて、みんなが先に感想をSNSに書いてるから、面白いと感じてしまう。「ハロー効果」とか言うやつですね。

自分はこの意見に全肯定はしてません。むしろインターネット以前の、個人が気軽に発信できる前の時代の方が、評論家やメディアの権威は強く、そういう人たちの声に大衆が引っ張られてたと考えるからです。

今は「インスタ映え」や「再生数や高評価が多く付いてるから良い動画」といったレビューカルチャー全盛で、自分の感性を信じず、数字や表層的な見た目で決める人たちはいつの時代も一定いると思うんです。

代弁者の代表格がYouTuber

貴方のお子さんが「何か」に対して抱いている感想、それがYoutuberのものではないと思えるだろうか。
つまり、「作品を見て単独で何かを想うこと」が出来る人間が、おそらくは特別な存在になっていく。
これが俺の未来への予言だ。

出典:鬼滅の刃は何故面白いのか=作品の感想を自分で考える時代は終わった→そして起きること

公式とタイアップしてはじめしゃちょーが「進撃の巨人」の副音声をサブチャンネルに載せてるのはすごいなと思いました。

上の話、最早漫画作品だの、アニメ作品だのに限られた話ではなくなってくんじゃないか。
つまり、親子の愛から政治、飯の味、天気……事象に対するあらゆる感情を「発露」し「言語化」するための専門職が設けられるのではないかと思う。俺達は、おそらく他人を愛する、という感想を、他人を憎む、という感想を、他人に考えてもらう日が来るのだ。
いや、もしかしたらもう来ているのかもしれない。世界はITで繋がった。

出典:鬼滅の刃は何故面白いのか=作品の感想を自分で考える時代は終わった→そして起きること

自分の気持ちを自ら言葉にする力

これが日本の学校教育が生み出したものなのかは僕は分かりません。

成績さえよければ、仕事さえできればいい。それを重視しすぎて気持ちを豊かに表現できる人は減っているのでしょうか。だから、自分の気持ちを代弁してくれるリーダーを求めるのでしょうか。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン」が刺さるのは、そういう時代性を捉えてるのかもしれません。

つまりは「批評力(critique)」が重要になってくるのではないでしょうか。日本の美術界でも、有用な批評ができる人が少ないことが問題になっています。

言語化力は大切ですが、それに囚われてもダメだし、非常に難しい問題です。こういう本も流行ったよなー。

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